ここは?
城山公園は四国中央市にある川之江城の城跡を含む自然豊かな公園で、四季折々の景観やスポーツ施設が整備され、市民の憩いの場となっています。
川之江城はその中心にあり、南北朝時代に築かれた歴史ある城で、再建された天守閣から市街地や燧灘を一望できる。
城山公園
城山公園は、延元2年(1337年)に築城された仏殿城の城跡であり、歴史と自然が融合した憩いの場として親しまれています。古くから「城山」と呼ばれ、地域住民に愛されてきたこの地は、大正時代に大和吉野から取り寄せた桜の植樹が行われたことをきっかけに、四季折々の美しい景観を楽しめる公園としての整備が進められました。
昭和初期には園路の整備が進められ、昭和8年には大阪時事新報が主催する「四国八景」に選ばれたことでその名が広まり、全国から訪れる観光客も増え、大いに賑わいました。
その後も整備が進められ、昭和29年には城山エリア(山部分)の園路や広場の整備が行われ、昭和33年には西側に隣接する平地部分を運動・緑地エリアとして段階的に整備。昭和45年にはナイター設備を完備したグラウンドが、昭和55年には市民プールが完成し、地域のスポーツ・レクリエーションの拠点としての機能も強化されました。
近年では、平成28年から城山エリアの斜面崩壊対策工事が進められ、園内の狭い園路や老朽化した照明の改修が実施されています。また、運動・緑地エリアでは、老朽化により休止していたプールなどの施設を解体し、多目的広場としての再整備が行われるなど、現代のニーズに応じた新たな公園づくりが進行中です。
川之江城跡
川之江城は四国中央市にあるお城で、別名「仏殿城(ぶつでんじょう)」とも呼ばれ、その歴史は南北朝時代にまで遡ります。
1337年、伊予の太守・河野氏(こうのし)は、讃岐を支配していた細川氏の侵攻に備えるため、武将・土肥義昌(どひ よしまさ)に命じて築城させたと伝えられています。
その後、川之江城は讃岐、阿波、土佐の三国の国境に位置する要衝として幾度も争奪戦の舞台となり、激しい戦の歴史を刻みました。隣国との抗争が繰り返されるたびに、多くの武士たちがこの城で命を散らしたと言われています。
時を経て、城は次第に荒廃し、かつての威容は失われていきました。城跡には本丸付近の石垣がわずかに残るのみとなりましたが、旧川之江市が市制施行30周年を迎えるにあたり、記念事業として天守閣が再建されました。
現在の川之江城天守閣は、市街地に隣接する標高62メートルの小高い山の上にそびえ、訪れる人々にその歴史を伝えています。天守からは市街地の街並みや燧灘(ひうちなだ)を一望することができ、かつて戦国の世を駆け抜けた武将たちの息吹を感じることができるでしょう。
川之江城天守閣の中
天守の中を見学する事もできます。
1階 事務所、展示室
展示物:絵画・火縄銃・刀など
2階 展示室(川之江城の歴史)
展示物:甲冑・出土品・江戸時代の川之江町模型など
3階 展示室
展示物:写真展示(各地のお城・天守閣)
4階 展望台
眼下には日本最大級の製紙工場群や燧灘があり、空が澄んだ日には東に瀬戸大橋、北に瀬戸内の島々、西にしまなみ海道を望めます。
眼下には四国中央市の市街地。
また、燧灘(ひうちなだ)に沈む夕日は絶景です。
川之江城・城山公園の駐車場は?
無料で停められる駐車場があります。
川之江城・城山公園の場所
駐車場